24 Comments

  1. ナレーションの速さとか滑舌とかちょうど良くてすごく聞きやすい。
    「ちなみに」を多様しているけど、なぜか、ちなみにだけ超早口。
    ちゃーみに、てーみ みたいにそこだけすごく速い!

  2. 小手指って難読な意識が無くて、高校生になった時に他地域の人と話して始めて読めないと知りました。
    両親共に小手指地区(町ではない)生まれな地元民です。

  3. 小手指はライオンズの清原選手も一時住んだこともあるので、まあ普通に『こてさし』と読める人が多いのでは?Z世代では無理かな?
    東武の9000系、恥ずかしくもなく、いまだ地下鉄内に入っているのですね~ビックリ。1987年有楽町線に乗り入れた時、緑色の座席が珍しく会社の皆で騒いだものです。西武が直通した時、ポンコツ電車しかない西武としては、当時の西武の精鋭6000系を投入したのですが、日立、三菱、東芝のうち、どれを入れたのか?だれか教えてください。ちなみに交流電動機が当たり前の昨今、西武の6000系(日立製)はいまだに直流です。黄色い西武の2000系電車、西所沢で見えた狭山線の101系直流電車、西武はポンコツ解消の為、小田急と東急から、約100両の中古電車を買いましたが、小田急からの1編成、東急からの1編成を汗水たらして自分で改修して、その大変さが分かった為、これからはメーカーに頼むようです。40年も使った中古を買うなら、新車を買った方が長い目で見て絶対得だと思うのですが、西武特有の『食事が終わった時、小皿に醤油が残っていては親父に怒られた』というケチケチ精神は、創業家が居なくなってもいまだに『ケチ』が続いているようですね。

  4. 28:28 右側が寂しい事になっていますが、数年前まではここに地上4階・地下1階建の大きい西友がありました。今後ですが大部分の区画はタワマンに、一部区画に2〜3階建の店舗が建つとのことです。少し北の新所沢駅もそうですが、所沢駅はエミテらスやグランエミオができて栄える一方で、小手指や新所沢は西友やパルコが無くなり、代わりにタワマンばかり建って、昔に比べるとつまらない街になっている気がします…

  5. 18:36 似てるというか、営団(当時)に建設委託したので、本家仕様そのまんまなのです。しかも当初は小竹向原〜新桜台(住民らの訴訟で高架化が遅れ、練馬まで延ばせず)での開業だったので、ハコモノ・車両は営団、人のみ西武という状態が10年ほど続いたのでした…

  6. 10:47 ちなみにこのパターン、副都心線開通後は副都心線急行として復活しています。また同時に平日のみの通勤急行(停車駅:和光市から小竹向原までの各駅、池袋)も誕生しています。

  7. コロナ前にS-TRAINヘビーユーザーだった者です。今はだいぶ定着したんですね。昔は夕方の豊洲発でも窓側が埋まるくらいしか乗ってなかったです。

    上り列車を練馬で客扱いしないのは長距離客優先なのかなと思ってます。ちなみに以前は下り列車も練馬は客扱いしませんでした。

    朝の列車が豊洲行きなのは折り返しの都合もありますが、単純に豊洲から先の需要が無いからと思われます。

    平日朝の有楽町線新木場行きは豊洲から先は空気輸送です。(逆に豊洲での下車が物凄く多い)

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